「ネムノキの花が咲いたら泳いで良し」。初夏になると川で泳ぐ人たちをみかけて嬉しくなります。浅い場所で川底の石をひっくり返したり、水中メガネをつけて観察したり。仕事場の前をゆったりと流れる四万十川では、現在200種をこえる魚種が確認されています。その多くは川と海を行き来する回遊魚や汽水魚で、本流に大きなダムがないこともあって、小さな支流にもボウズハゼなど多種類の回遊魚が遡上してきます。エビタマとよばれる直径15cmくらいの小さな手網を持って水中メガネで川をのぞくと、すぐ眼の前にワンダーランドが広がります。川の個性もいろいろ。ぜひあちこちの川に入ってほしいものです。
川は、子どもを大人にし、大人を子どもにします。川で実習をしていると、良い場所を自分で見つけて、エビタマでゴリや川エビを捕まえ、どんなところにいたか、どうやって獲ったかを解説してくれる子どもたちがいます。一緒に川に入っている子どもへの気遣いをみせることもあります。一方、実習中に楽しくなってしまい、なかなか川の中からあがってこない大人たちもいます。童心にかえり、他の人がまだ見つけていない種類や、大きな川エビをなんとか獲ってやろうと夢中になっています。良い川に入ってしまえば、年齢は関係なくなるのかもしれません。
川エビはずいぶん少なくなってしまいました。特に高知県西部で減少してしまいました。四万十川西部漁協にて教えていただいたところ、年1500-2500kgほどで推移していた漁獲量は、2009年の2490kgをピークとして翌年以降連続的に減少し、2016年にはなんと約38kgになりました。近隣の川からも持ち込まれる卸売市場でも、年5000-7000kgで推移していた出荷量が、2009年の6000kg台のあと落ち込み、2016年には約1700kgになってしまいました。
川にはテナガエビ科やヌマエビ科などのエビ類が生息していますが、その多くの種類は回遊性です。母エビが腹に抱えた卵から幼生が孵化し、幼生は川を流れくだって汽水域や海域に入り、稚エビに育ったあと再び川を遡上します。川エビといっても、塩分や豊富な餌がある海とのつながりがないと生きていけないのです。
四国にはヒラテテナガエビ・ミナミテナガエビ・テナガエビの3種のテナガエビ類が生息しており、前2種が川と海を回遊する習性をもっています。数年前から四万十川や周辺河川で潜水観察や毎月調査をおこない、2種の出現様式、体サイズ、季節変化、抱卵、年変動などについてようやく定量データとして捉えはじめました。残念なことに、四万十川では調査開始以降2018年がもっとも少ない年となりそうです。川エビはウナギなど魚類の重要な餌資源でもあります。高知県では自然と暮らす経済基盤や食文化にもなっています。いなくなってしまう前になんとかしないと。捕獲圧を下げるだけではなく、大きなことはできなくても、身近な川の環境を良くすることはできるはず。
これまで、戦後の経済発展とともに、川とまちの間には隔たりができてしまいました。日本各地の川をまわっていた時「よい子は川で遊ばない」と書かれた看板を悲しい思いで見たこともあります。けれども、これからは違うかもしれない。川は危険な存在でもあるからこそ、隔たりを作るのではなく、川に関心をもつことが大切なように思います。川をもう少し自由に利活用できるような規制緩和も始まりました。これからは、川に賑わいを取り戻したり、流域に住む自分たちで自然を再生していくさまざまな取組みが、新しい観光・学習資源になりはしないかと期待しています。
川に興味ある人たちが集まって毎月生物調査をおこなったあと、山からモウソウチクを切り出して、編んで竹蛇籠を作り、近隣の川につけたことがあります。海から川へ遡上してきた生物が堰堤で阻まれていたため、魚道にして設置しました。嬉しいことに、多くの魚類やエビ・カニ類が竹蛇籠魚道を遡ってくれたほか、魚道本体のなかにウナギの稚魚もたくさん入っていました。堰堤の上流側では川エビの個体数がぐっと増えてくれました。参加した子どもも大人も川エビの種類について完璧に同定できるようになっていました。ある地点だけ水温が違っている不思議なことにも気づきました。ここでも年齢は関係ないですね。
川は身近なワンダーランドです。「ねえ君、不思議だと思いませんか」と話していた寺田寅彦は、著書の中で「頭がよくて、そうして、自分を頭がいいと思い利口だと思う人は先生にはなれても科学者にはなれない。人間の頭の力の限界を自覚して大自然の前に愚かな赤裸の自分を投げ出し、そうしてただ大自然の直接の教えにのみ傾聴する覚悟があって、初めて科学者になれるのである」と記しています。学校の教科書はとりあえず脇において、ネムノキの花が咲いたら川に入りませんか。「良い子は川で遊びまくる」のです。もちろん大人も。
川をもっと自由に。魚もエビもカニも自由に行き来できて、子どもも大人も自由に遊べるような自然な川があちこちにあってほしい。川は生きものであり、動的なるがゆえに愛着や憧憬を覚えるのかもしれません。「昔は良かった」のは確かですが、「これから」おもしろくできるかも。これからの川と人のつきあいを考えるとき、まず川に入って、身近な場所で小さな再生をやってみるのもおもしろそうです。そこから生まれる未来がきっとあるはず。これから、これから。
しまんと編集 32人の「かわ」寄稿(2019年8月31日発行)