四万十川で潜水観察をしていると、最近ナマズに出会うことが多くなった。深い淵の底をのぞきこむと、岩の影や沈木の下などにノッソリと横たわっている複数の個体が並んでいることもある。ナガエビ類の調査をしている際にも、主に春から初夏にかけて抱卵した大きな腹のナマズがニンマリと顔を出す。
ナマズは産卵に際して氾濫原環境を必要とする魚類である。湖沼では岸近くの水草に卵を産むこともあるが、多くの場合、増水した河川敷や水田、湿地帯などへ移動し、親魚の背が出てしまうほど浅い砂泥質の場所で、雄が雌に巻き付いて産卵する。卵の大きさは周囲のゼリー状物質も含めて4-5mm程度。水温20℃-30℃で、2日-4日と比較的短い日数でふ化する。四万十川でナマズをよく見るようになったのは、このような環境条件を持つ一時的水域が増えたのだろうか。それともほかに要因があるのだろうか。
4月末、道の駅に寄らせてもらった際、「ナマズのフライがすごく好評!」教えてもらった。ウナギやテナガエビ類の漁獲量が減少する中、ナマズ注目し、本来の味を楽しめる商品化を進めた関係者に脱帽である。
山崎武氏の「四万十 川漁師ものがたり」をみると、ナマズについて「あまり好んで食用とする人もなく、漁師仲間にもこれを目的として漁をする人はない」としつつ、喜んで食える料理としてナマズのたたきと刺し身が紹介され、はえ縄やナマズ用の特殊なかご漬け方法など、漁具についても考案されている。特筆すべきは「時代の移り変わりにより、それらも利用される時もくるであろう」との文である。変化に対応しつつ、川とうまくやっていく知恵が見え隠れしている。
日本ではナマズのほかギギやアカザなど計10種が知られている程度であるが、ナマズの仲間はとても種類の多いグループである世界の魚類を分類学的に整理した Joseph S. Nelson氏の「Fishes of the World」でナマズ目の欄を見ると、第3版(1994年発行)では2,405種、第4版(2006年)では2,867種、第5版(2016年)では3,730種と、研究が進むほど多くの種が確認されている。つい先日(20160614)も南米で新種に関する論文が報告された。この多様性が各地の食文化としても根付いている。
ガンジス川の下流域(バングラデシュ)で民族生態学的な調査をしていた時のこと。フィールドから帰ると,宿、のお母さんが「ゴート? チキン? フィッシュ? 今日はどれにする?」と、夕食の希望を聞いてくれる。もちろん味付けはどれを選んでも各種スパイスを駆使したいわゆるカレー味。
魚を選択してナマズ類が出てきた時は喜んだものである。脂ののった白身で、味が深く、コイ類のような小骨がないので食べやすい。ナマズ類の一種であるヒレナマズにいたっては「食べると体に良い薬のようなもの」だと近所のお兄さんは言い、実際に高い単価でやりとりされていた。
縄文時代の遺跡から骨格が出土するほどヒトと関わりが深く、高度な種分化を持ち、各地で食文化としても根付いているナマズ類。ユーモラスで親近感を覚える彼らに今後も一層の注目を。
20160620 高知新聞 寄稿