放流から場の再生へ

 

今年2月、「在来種の意図的放流は生態系の安定性を損ねる」(Terui, A. et.al., 2023)というノースカロライナ大学照井慧助教らの論文が国際学会誌に掲載された。「放流しても魚は増えない」という見出しで北海道大学からも論文紹介のプレスリリースが出され、大きな話題となった。

放流魚種1種とその他9種からなる魚類群集を対象としたシミュレーションによる理論分析と、サクラマスの放流がない河川や様々な規模で放流されている河川を含む北海道全域の保護水面河川における21年間の魚類群集データを用いた実証分析の双方により、放流が河川の魚類群集に与える影響が検証された。

その結果、放流は種内・種間競争の激化を促すことで、放流対象種の自然繁殖を抑制し、さらに他種を排除する作用を持つため、⻑期的に魚類群集全体の種数や密度を低下させることが明らかになったとのこと。

本来その河川に生息していない魚種を人為的に放流するような行為はそもそも言語道断であるが、在来種であっても、放流魚類の前途や環境収容力を把握していない放流は決して効果的ではなく、むしろ生物多様性の劣化を招く可能性があるということだろう。

2005年に日本魚類学会が策定した「生物多様性の保全をめざした魚類の放流ガイドライン」においても、まず最初に「放流の是非」が記されており、私は次の名文を何度も読み返している。

「放流によって保全を行うのは容易でないことを理解し、放流が現状で最も効果的な方法かどうかを検討する必要がある。生息状況の調査、生息条件の整備、生息環境の保全管理、啓発などの継続的な活動を続けることが、概して安易な放流よりはるかに有効であることを認識するべきである。」

日本各地で放流体験イベントが行われている。県内でも実施事例を新聞記事で度々拝見する。子供対象イベントとしては生き物に触れ合う機会としての教育的な意味があるのかもしれない。ならばもう一歩踏み込んで、その生き物の生息環境の話を加えるのはいかがだろうか。または以前このコーナーにも書かせてもらった「小さな自然再生」を簡易的な方法でやってみるのも良いと思う。子供の吸収理解能力をなめてはいけない。

漁業関係者による魚類生息場の再生も各地で進んでいる。今後より注目されることだろう。

例えば、北海道でサケふ化放流事業が大きく見直された事例がある。これまで河口付近を横断するサケ捕獲施設(ウライ)で親魚を一斉捕獲していたが、増殖事業協会が「ウライ方式からの転換」として、ウライを撤去し、支流からふ化場へ繋がる短い水路を作成した。

結果、本流と支流を経て、ウライ捕獲時とほぼ同量のサケ親魚が遡上し、事業協会の経費大幅削減や、稚魚生存率上昇という効果が生まれたという。さらに、川のあちこちで自然産卵するサケが増え、野生魚の遡上個体も増えてきたそうだ。すると自然産卵できる河川環境がより大切になってくる。サケの死骸を餌資源とする生物も増えるだろう。

我々ヒトが自然資源の恵みを受け続けるために、放流から場の再生へ優先順位をかえる時がきたのではないかな。

20230719 高知新聞寄稿

[引用文献]

Terui, A., Urabe, H., Senzaki, M., Nishizawa, B. 2023. Intentional release of native species undermines ecological stability. Proceedings of the National Academy of Sciences, 120 (7): e2218044120.

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