誘引力

支笏湖の水辺。とても美しい風景のなかで静かな時間が流れる。

「アカメを釣りたいという人がいる」。しばらく前、北海道に住む知人からそんな紹介を受けたことがあった。

ご本人(Kさん)と連絡をとりあってみると、憧れのアカメに出会うため、中学生の娘さんと一緒に高知へやってくる計画だという。

北海道にはイトウという素晴らしい大型魚がいるのだから、わざわざ高知まで来なくてもと思ったのだが、Kさんはもう決めているらしい。「アカメの情報を教えてほしい」とのこと。これは困った。私の釣りのウデは低く、アカメのようなスーパースターを釣ったことはもちろんない。

けれども、潜った際に複数個体のルビーのように赤く光る眼を淵で見たことはある。論文や報告書などの資料はいくつかある。タイミングがあわず同行はできないけれど、そんな情報を整理してメールで伝えたことだった。

結果、Kさんから「釣れませんでした。でも娘が大満足で、またすぐ行きたいと言っています」との興奮気味な連絡をいただいた。

どうやら、高知の人のオープンさと親切さに感動したらしい。アカメの釣り餌として、まず生きたボラを入手しようとしたそうだが、来訪者にはなかなかに困難である。すると、鏡川にいた学生がボラをくれたそうだ。他にもあれやこれやと親切にしてもらったらしい。

3月末に職場の辞令があり、私自身も4月からしばらくは北海道勤務となった。まさかの北海道である。高知の家をお借りしたまま、大急ぎで通勤用アパートに越して今に至る。まだ開封していないダンボールがある。そんな状態ではあるが、距離をおいて振り返ってみると、Kさんの興奮がよりわかる気がする。

十数年前、関東から高知に戻った早々のこと。借家にプロパンガスを設置するため、宿毛のガス屋Iさんに来てもらう約束をしていた。ところが出先で急用が入り、電話連絡もできない状態で私が時間までに戻れなくなってしまった。

ずいぶん遅れて借家に戻った時、Iさんがまだいてくれたのである。「来たばっかりで、ガスが使えんかったら困るろうと思って」と。こんな親切は忘れられそうもない。強い記憶として今も定着している。

旅先から帰った後、記憶に残るのは、食べ物と話した人のふたつである。それはどれだけ素晴らしい自然環境に出会う目的であったとしても不思議とそうなる。高知がもつ強い誘因力でもある。

基盤として、豊かな自然や楽しそうな釣りの情報が発信されれば、高知の誘引力に惹かれる人はますます増えるのではないかな。

毎週木曜日、新聞に掲載される「魚信-高知の釣り情報」を楽しみにしている。Webサイトには宿毛のいかだで2キロ超のアオリイカが釣れたと4月21日に掲載されていた。他にもシマアジやグレやウッカリカサゴなど。Kさんにも伝えておこう。私もテナガエビ類調査のため年数回戻る際に釣り道具を持って帰ろう。

「会えない時間が愛育てるのさ」と昔、郷ひろみが歌っていた。距離をおいて、益々育ちそうである。

20220427 高知新聞 寄稿

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