「夏の夕食のごちそうでした。やさしい味でした」(20161017高知新聞)「川エビとツガニ」というタイトルで、松崎淳子さん(県立大学名誉教授)が「声ひろば欄」に投稿された素敵な文章のなかで、川エビを巡る風景の締めくくりにそう記されていた。そこには、昭和のはじめにご姉妹で川遊びをされ、小さな手網でテナガエビを捕る風景のほか、家でお母さんが大きな地這いキュウリと煮てくれるという艶やかな情景があった。
テナガエビ類は、オスの手(第二胸脚)が長いという特徴をもつエビ類の総称である。テナガエビ科テナガエビ属に分類される種群で、熱帯から温帯地方に生息している。日本では南西諸島に約15種が生息しているが、九州以北でみられるのは、主にヒラテテナガエビ、ミナミテナガエビ、テナガエビの3種である。
ヒラテテナガエビとミナミテナガエビは両側回遊性で、卵から孵化した幼生は汽水域や沿岸で稚エビに成長したのち、川底を歩いて上流へさかのぼるという生活をおくっている。四万十川流域では、既往文献によると、ヒラテテナガエビは河口から約100km上流の大正付近まで、ミナミテナガエビは河口から約50kmの江川崎付近まで分布するとされており、これら2種を対象とした川エビ漁が生業として成立している。
そのテナガエビ類が近年連続的に激減している。四万十川料理の代表、川エビ(テナガエビ類)の不漁がここ数年続き、今年は特に深刻な状況となっている。四万十川西部漁協の取扱量は36.7kgと、低調が目立った昨期のさらに半分ほど。漁業関係者や四万十市内の飲食店は「年々減って今年は壊滅的」「庶民の味が高級品になる」と嘆いている(2016/10/09高知新聞)。
川エビが川にいなくなることは、川エビだけの問題ではないのだ。川エビの生息は、河川地形や流量などの自然環境、氾濫と暮らし、郷土料理などの固有の歴史、漁業などの生業や観光といった地域経済と密接な関わりをもっている。そして、ずっと記憶に残るような上質な学びのカギともなる。
川は、子どもを大人にし、大人を子どもにする。子どもたちは、小さな手網を使って川エビやゴリなどを捕るとき、川に関する総合学習を知らず知らず体得することになる。一緒に遊ぶ子どもへの気遣いをみせることもある。大人達は童心にかえり、珍しい種類をなんとか採ってやろうと夢中になる。例えば、高知家の未来会議2016として開催された,こうち体感ツアー黒尊川でもそんな美しい情景があった。
小さな手網を持って川に潜り、川エビなどを狙うとき、河川の微地形、流速や水深、河床材料などを体感する。しかも捕った獲物は簡単な調理をして食べることもできる。川エビの唐揚げ、川エビとキュウリの煮物、川エビを出汁として用いるそうめんといった高知ならではの食文化に触れ、川漁が生業となる四万十川流域特有の文化を学ぶことができる。
これからもずっと。どうかこのような艶やかな情景が今後も続いてくれないものか。いまここで、動き出すときが来ているように感じる。
20161024 高知新聞 寄稿