予定は未定

水をふくみ陸上にでているトビハゼ

水をふくんで頬が膨らんでいる。ぴょんぴょんと干潟を飛び跳ねるトビハゼ。

 

小学5年生だった夏、里山の自然観察会に参加したことがある。昆虫専門家の方が講師として話をしてくれたのだが、あまりに教科書的な内容であったためか、どうにもおもしろくない。

ところが、フィールドに出て少し歩いたところで、突然、講師が私たち小学生に対して「こっちに来るな!」と言い放ち、泥の上に腹ばいになって写真を撮り始め、動かなくなってしまった。どうやら極めて珍しいトンボがいたらしい。その時、「この人は本気だ!」と強く感動した。

先月、四万十川の右岸河川敷に、藻場形成のための「ワンド」と呼ばれる人工の入り江が完成し、6月26日には八束小学校の5,6年生14名がコアマモ約150株を移植した。 [20170627 高知新聞]

ワンドの規模は、全長約180m、幅約20m、最大水深2.5m。汽水域にあるので干満によって水深が変化し、最干潮時には水深0.2-0.5mほどになる。

ワンドは微地形名で、河岸に設置された水制間に土砂が堆積してできた淀みを湾処(わんど)と呼んだのが始まりとされている。河川氾濫原に自然に形成された水たまりをワンドやタマリとよぶこともある。いつも本流とつながっている淀みがワンド、増水時にのみ本流と接続する窪みがタマリだ。

長野県の千曲川に点在するワンドやタマリに入らせてもらい、魚類の多様性と空間特性との関係について夢中で調査していたことがある。ガンジス川下流域に広がる氾濫原で、そこに暮らす方々から水たまりの高度な水産利用文化を教えてもらい感動したことがある。水域と陸域の移行帯にある浅場や氾濫原は、生物多様性や生物生産の視点からみて、とてもとても興味深い空間なのだ。

四万十川では、1966年には33haほどあった浅場(コアマモ生育水深帯)が、2005年には約22haに減少したとのこと。ワンド創出はその減少分を少しでも取り戻そうとする試みである。6/26の研修会は、中村河川国道事務所や四万十川自然再生協議会の方々による完璧なサポートで進められ、メインである「コアマモ移植」の後に「水生生物観察」の時間もあった。

当日、水生生物観察の講師役としてよんでいただき、少しだけお手伝いさせていただいた。短い時間であったが、小学生達がカニ類を捕まえたり、希少種であるチワラスボ属の一種を手づかみで獲って盛り上がった。他にもトビハゼが水面を跳ね、チゴガニが白いハサミを振ってウェイビング行動をしていた。

今後、コアマモがどれほど活着するかはわからない。ワンドを利用し始めた魚類・エビカニ類がどのように変化していくのかもわからない。だからこそおもしろい。すでに整理された教科書的な知識を詰め込むのはつまらない。約40年前「こっちに来るな!」と言い放った講師の背中はかっこよかった。専門家にとっても新しい発見に出くわすことはある。それも突然、身近な場所で。彼は、そんな可能性を教えてくれたのだ。今回のワンドもそんなことを教えてくれる拠点になってくれることだろう。

おそろしいことに、私自身も自然観察やフィールド研修などの講師を依頼されることが増えてしまった。「おいおい、そんな誰でも知っているような知識を解説しただけで、子どもが満足すると思うなよ」という、かつて小学5年生だった自分の生意気な視線に打ち勝てるよう日々精進しなければ。

20170710 高知新聞 寄稿

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