
「イタドリの花が咲くころ川をくだる」といわれるツガニ。秋の味覚として,真っ赤に茹であげられた「ツガニの塩茹で」は川の華やかなご馳走だ。茹で汁は出汁として,炊き込みご飯,そうめんのつけ汁,雑炊などに使われる。石臼やミキサーでまるごと身をつぶして漉し,リュウキュウ(ハスイモの葉柄)等とあわせた「ツガニ汁」は,濃厚な香りと深い旨味。美味しい!と,ずっと記憶に残る味となる。
四万十川沿いの西土佐地域には「芋炊き」の文化があり,その鍋にはツガニがなければはじまらない。この時期,見切り処分となったカボチャは「つがにの餌に」というシールを貼られて直売所で販売されていることもある。カボチャを餌として与えると美味しくなるそうだ。
食材となるツガニは,漁業権対象種であり,8月1日-11月30日(四万十川は8月1日-10月31日)が漁期と定められている。このたび,資源保護を目的として県内水面漁場管理委員会は今年12月1日から翌年7月31日の禁漁を決めた。禁漁は10年ぶりとのこと。漁期以外の期間は禁漁の規定がなく,漁を制限できていなかったという(20161102 高知新聞)。
ツガニは,標準和名でモクズガニともよばれる回遊性のカニである。ハサミに毛が密生していることが標準和名の由来で,英語でもMitten crabと呼ばれている。他にヤマタロウやキコリガニと呼ばれることもある。シーボルトが日本から持ち帰った標本を元に1835年に新種記載された。中国料理上海蟹の食材となるチュウゴクモクズガニは近縁な別種である。
筆者がテナガエビ類個体群の定期調査として川に入っていると,モクズガニを見かけることも多い。河口で繁殖行動中の超大型個体に出くわしたり,冬期に甲幅10mm程度の小さな稚ガニの大量遡上をみて驚いたり。遡上は春期からと思いこんでいた自分を反省し,モクズガニ研究者の論文等を参照して,簡単に生態情報を整理しておきたい。
モクズガニは,ロシア沿海州から日本全域,台湾にいたる亜寒帯から亜熱帯までの広範囲に生息している。移動能力が高く,水質や食性の面からも高い環境適応力をもつ。繁殖期は個体群全体では9月から6月。秋になると成体は川をくだりはじめ,少数の早期成熟群が9月から12月に,多くの後期成熟群が12月以降に交尾を行う。生涯で1度の繁殖期に雌は3回産卵し,その後は川に戻ることなく雌雄ともに死亡する。孵化したゾエア幼生は海域に分散。5回の脱皮を経て,遊泳能力のあるメガロパ幼生に変態し,大潮の満潮時に川に入り込んで底生生活に移行する。やがて稚ガニとなって成長しつつ川を遡上する。上流ほど個体数が少なく,成熟サイズが大型化する傾向がある。
ある時いただいた大きなツガニは上流で捕れた個体だったのだろうか。冬期にみた遡上は早期成熟群から生まれた稚ガニだったのかもしれない。ちょうど今ごろ河口で産卵しているのだろうか。次世代を残していくためには,生涯で一度の繁殖期に強い捕獲圧をかけない仕組みがやはり必要だろう。
美味しい!の背景には,自然と人のやりとりがある。地形や流域環境,生き物の生態,人の営み,食文化,地域の個性が広がっている。そんな背景に思いを馳せるのもよいのでは。
(20161226 高知新聞 掲載)