クマと地域のつきあいかたについて、知床に入り先進事例を学ぶ機会があった。
知床半島は北海道の東部に位置し、斜里町と羅臼町にまたがる長さ約70km、幅約20kmの土地である。国立公園、国指定鳥獣保護区、世界自然遺産に選定されている自然豊かな地域で、ヒグマが400-500頭生息する高密度生息域でもある。
市街地のひとつである斜里町ウトロは、街の周囲が電気柵でほぼ囲まれている。市街地や学校周辺でヒグマ出没があった場合、リアルタイムで出没情報がメール配信される。管理運営を担う知床財団の方に聞くと、今年の市街地出没はとても多く、例年は数百件程度の発信であったが、今年はもう1900件を超えたそうだ。継続調査により今年は餌となる堅果類が減少することは予測していたが、夏から秋に来遊するカラフトマスの遡上量も少なかったとのこと。
知床国立公園には年間約170万人もの観光客が訪れる。なかでも美しい湿地帯である知床五湖は代表的な観光拠点で、利用調整地区に指定されており、高架木道と地上遊歩道の2種類の散策路が設定されている。高架木道は、電気柵が配備され開園期間中は誰でも無料で利用できる短いコース。地上遊歩道は、有料かつ入場制限があり、事前レクチャー受講を要する長めのコースである。現地を前にしてヒグマの生態や最新出没情報を知り、散策の注意事項を学ぶ仕組みで、興味深く吸収も早い。何より現状を正しく知ることは、とても大切なことだと思う。
「餌やりがクマを殺す」と記された知床財団のメッセージカードが印象的であった。ヒグマは雑食性で、フキやヤマブドウなどの植物、アリやザリガニ、サケやマスなど、各季節で手に入りやすいものを食べる。ところが、人から餌をもらうと、味を覚え、人に慣れて徐々に大胆な行動をとるようになる。結果として、人身事故発生の危険度を上昇させ、ひいてはヒグマの人為死亡率を高めてしまうことになる。
お互いの存在を尊重するためには、相手を正しく知り、そのうえで適度な距離感を保つことが大切なのだろう。
今年は北海道や本州各地でクマ類のニュースがとても多い。
東北のツキノワグマ現場をみておらず、被害の背景や要因は各地で異なるだろうが、川や山へ入る身としてはまったく他人事ではなく、痛ましい人的被害がなくなることを祈るばかりである。
四国のツキノワグマは高知と徳島の県境付近に20頭程度生息するのみと極めて少ない状態である。20年1月に広域協議会が保護指針を策定したことに関して、四国自然史科学研究センターの山田孝樹センター長は「現状を正しく知らなければ効果的な対策も取れない。保護へと次の一歩を踏み出せる」と意義を語る(2023年6月28日)。山田センター長が語るとおり、「現状を正しく知る」ことはとても大切なのだ。その基盤となる調査や活動を現場で継続されている全国各地の方々に敬意を表する。
20231108 高知新聞 寄稿