四万十町奈路の民家から幕末―明治初期のものとみられる窪川地域の村々に関する文書が見つかった。ふすまの下張りに使われており、戸籍届や銃の所有者目録、租税帳簿など多種多様で、ざっと見積もっても数百枚。町教育委員会は「歴史の表に出ない、当時の民の暮らしがうかがえる貴重な資料」と驚いている。[2019年2月9日高知新聞]。
約1年前、この記事を興味深く拝見した。そんな行政文書がふすまの下張りから出てくるなんてこともあるのだなあと、専門分野外である私はただ驚きつつ拝読した。県立高知城歴史博物館によると、当時は紙が貴重で、不要な公文書は古紙として再利用されることも一般的だったらしい。
川沿いに借りている古民家の押し入れを整理した際に、古い綴り帳が出てきたことがある。冒頭には「大正八年十月」と記されており、当時、四万十川下流域を川舟で運んだ物品リストのようだ。月日、発送番号、運搬者、屋号、物品名、量、送り先が記されている。炭、杉皮、松煙(しょうえん)、櫛木、下駄(げた)木など、実にさまざまな物品が運ばれていたことがわかる。
四万十町の古文書はさらに古い幕末あたりの暮らしがわかる一級品だ。専門家等によって解読や分析が進められ、分野外の人は、その成果のみを拝見することになるのだろうと思っていた。ところが、この古文書を保存するためのワークショップが6-7月に開かれた。町民約10人が窪川地域の歴史を伝える文書に触れ、竹べらや霧吹きを使い、丁寧に一枚一枚を剥がし取った(7月24日)。さらに今年、この古文書を解読するワークショップが始まった。古文書の複写を用意し、3回にわたって、高知城歴史博物館の渡部淳館長の指導で内容を読み解くとのこと(1月20日)。
すぐに申し込みを行い、第1回に参加した。たくさんの資料が配布されたが、ちんぷんかんぷん。いや、じっと見ているうちに何となくわかる文字もある。まったく読めない字もある。館長から「文字を解読することも大切だけれど、時代背景や土地の情報を理解しておくことも重要」との指導があり、さらに興味と難易度が上がった。
徳川吉宗から山内家に宛てた礼状が練習問題として提示され、館長が学生時代に泣きながら読み込んだという「くずし字解読辞典」を参照しながら解読を進めた。吉宗が花押でも朱印でもなく黒印を押していることや、文字の配置からもさまざまなことが読み取れるという。本当に楽しそうに解説してくださったのが印象的であった。
どうやら半生(はんなま)状態の最も面白い過程を体験させていただいたように思う。われわれの分野でデータ解析を料理に例えることがあるが、その調理途中に参加させていただいたような感じだ。食材いわゆる生データを収集するのは苦労する。完成した料理だけを見ても途中経過の理解は難しい。「はんなま」状態が最も消化吸収率が高いのではないだろうか。
2月15日には第3回解読ワークショップが開かれる。興味ある方がおられたら町教育委員会に問い合せてみてはいかが。
20200203 高知新聞 寄稿