自分事として

Column

10年前のこと。東京出張のついでに代々木公園に寄った。当日大規模な地球環境イベントが開催されており、原材料にこだわった衣料、売り上げの一部が発展途上国支援になる雑貨など、興味深い仕組みをもつ商品が各所で販売されていた。

ストーリー性のある商品群である。丁寧な説明書も付いている。すごいすごいと思いながら見てまわっていたが、情報量の多さに途中でぐったりしてきた。その時、目に飛び込んできたのはブンタンであった。

「おいしいから食べてみて」と、高知の生産者の方が試食販売をしていた。その笑顔と語りの魅力なのか、ブンタンの実力なのか、他の店にはないほどの人だかりができていた。なにかとても重要なことを学んだような気がして、この光景が今も頭にこびりついている。

最近、ナラティブという言葉を知った。マーケティングや医療の分野では以前から話題となっていたようだ。ナラティブを直訳すると「物語」や「語り」であるが、同じような意味をもつストーリーとはやや異なるらしい。ストーリーは、始まりも終わりも決まっていて、誰がなぞっても同じ体験をする自己完結型。一方、ナラティブは、話者自身の経験や出来事によって結果が異なる開放型の物語だ。自分事として発信される。

物事を自分事として捉えた人の話は伝わる。楽しそうな人の周りには人が集まる。ブンタンの語りに集まり、結局購入していた多くの人たちは、試食したブンタンのおいしさを伝えあっていた。完璧なストーリーよりも、人はそんな所に惹かれるのかもしれない。

世界で100万種の動植物が絶滅の危機に瀕し、人の活動に伴う生態系の喪失がかつてない速度で進んでいるとの評価報告書を国連の科学者組織が発表した。人の暮らしを支えるさまざまな自然の恩恵が損なわれると警告しており、抜本的な保全強化を訴えた。[20190508 高知新聞]

これはとんでもなく重大なニュースだ。生物多様性の大切さをどうすれば伝えることができるのか。

研究発表会「はたのおと2016」で、ドジョウ類を長年研究している高橋弘明氏が発表された。高知県と愛媛県の7水系だけに生息するヒナイシドジョウや、土佐湾流入河川にしかいない高知県固有のトサシマドジョウなど、希少なドジョウ類の生息状況と保全についての発表であった。

衝撃だったのは、懇親会にて高橋氏が「ドジョウの観察は研究ではなく私の成分です。随時その成分を体内に取り込まないと生きていけないのです」と話した時のこと。まさに自分事の発露。分野や年齢を越えて、参加者になにか大切なことが伝わった瞬間であった。

高知空港に土佐酒バーが期間限定でオープンした。国内外の旅行客が高知をたつ前のちょっと一杯を楽しんでいる。飲んで気に入れば、空港内の売店で土産購入も可能だ。 [20190514 高知新聞]

土佐酒について皆が語りだすナラティブな効果がありそう。ただ、観光客より県民が喜ぶかもしれない。いつもは車で行っていたけど、次の出張には空港まで公共交通を使って、帰りにちょっと一杯をと妄想する私はすでに取り込まれている。

20190520 高知新聞 掲載

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