昨年末、四万十市に帰省した友人と会った。彼はチグリス・ユーフラテス川に行っていたらしく、現地で漁獲されたコイそっくりの魚をみて、日本のコイと同じ種類なのか、四万十川のコイ漁に関する資料はあるかと興味を持ったとのことだった。
コイは日本の文化に深く根ざした魚だ。縄文遺跡から咽頭歯が出土しているほか、「日本書紀」には容姿端正な姫の気を引こうと景行天皇が池に鯉を放った説話があり、「徒然草」でも「やんごとなき魚なり」と格式の高い食材とされていたことが伺える。「魚鑑」には「鯉ハ河魚ノ長、鯛ハ海魚ノ長ナリ」と記されている。昔話にも登場し、柳田国男は「昔話と文学」の中で鯉女房を紹介している。某女房が来てから不思議にみそ汁がうまくなったそうな。
コイを捕る漁法も多く、各地の文化となっている。近隣では「豪快 真冬のコイ突き漁」として、四万十川の大川筋地区で取材された記事が掲載されていた(2019年1月14日 高知新聞)。箱メガネで深い淵にいるコイの集団を確認し、長さ約7mの銛で仕留める風景はまさに豪快だ。少し下流の三里地区では、多賀一造氏が昨年出版された資料により、網漁や抱き鯉漁について詳しく知ることができる。
世界に目を向けると、コイはユーラシア大陸の温帯域に広く自然分布している。また、食用魚として養殖や放流が盛んに行われたため、現在では世界中に分布している。冒頭のチグリス・ユーフラテス川にも生息しているだろうし、筆者もガンジス川下流の魚市場でみかけた。なんと、そこではコイは「ジャパニ」と呼ばれており、仲良くなったベンガル人いわく「日本人が技術提供としてコイの養殖を進めてくれた」とのことであった。
コイは日本には1属1種が生息している。ところが、最近のDNA解析により、科学的な見方が大きく変わってきた。馬渕浩司氏らの研究により、日本在来コイと大陸由来コイとの遺伝的な違いは予想外に大きく、大陸由来の系統が全国的に蔓延していることが2008年に発表された。この研究では、宮城県から高知県まで11カ所から収集された166個体について解析が行われており、四万十川産の7個体も対象となっている。解析の結果、69個体が在来型、97個体が大陸由来(四万十川産はそれぞれ3個体と4個体)だったとのこと。
長い間1種とされてきた日本のコイは、最新の研究により複数種とされ別の学名が付けられるかもしれない。在来型と大陸由来の見かけ上の違いは体形で、純粋な在来系統に近いコイほど細長い体形をしているとのこと。ニシキゴイは大陸由来の飼育型である。明治以降、盛んに養殖放流された結果、全国に大陸由来の平たい体形のコイが広がったようだ。
コイの人為放流による生態系破壊は世界で問題になっている。国際自然保護連合(IUCN)がコイを世界の侵略的外来種ワースト100に選定しているほどなのだ。人との関わりが深いコイ。けれども放流により悪影響を及ぼすこともあるコイ。川とうまくやっていくにはどうすればよいか。コイの悩みは深い。
20190121 高知新聞 寄稿