向きあう時間 気づく目

はたのおと2017

クラゲ研究成果をきかせていただきました。

あれはたしか小学生の頃。美術の授業で、ぶどうのデッサンをしていた。ややヒステリックな教師が「もっとぶどうの色をよく見て」「違う!」と熱く語り、絵を描き上げるまで数人が居残りをさせられたことがあった。私もそのひとり。どの色の絵の具をどれくらいあわせれば良いかという指導もない。

いつまでたっても帰してもらえない。すると、隣の友人が絵の具をぶどうに塗り「これで同じ色でしょ!」と言い放った。ぶどうの色を塗るのではなく、ぶどうに色を塗ったのである。衝撃だった。そうか自分もこの方法で帰ることができると。けれども、絵の具を塗られたぶどうは,もう見る気がしなくなっていた。

最近あのぶどうの色と格闘した光景を思い出す。自然な現象をとらえようとする前に、まず概念を作り、それにあう事象を収集提示するような効率的な行動をみることが多くなったためだろうか。それとも、長年の地道な調査研究や、それに基づく企画努力について考慮することなく、地方創生担当相が学芸員をがんと表現し、その後、言い過ぎた表現を撤回するような騒ぎをみたためだろうか。短時間での効率を追求しすぎると時々おかしなことになる。

幸いにも、短期的な経済効率のみにとらわれず、未知の自然現象に気づく調査研究は多々ある。例えば、昨年7月、高知県西南部でサンゴの産卵が本格化していることが報道された。記事には「黒潮生物研究所によると、サンゴの産卵シーズンは6月中旬から9月上旬。県西南部では下弦の月の夜に集中することが分かっている」と記されている。

今年1月末の研究発表会はたのおとで、この事実をつきとめた目崎拓真主任研究員から話を聞く機会があった。通説としてサンゴは「満月の大潮に一斉に産卵する」と広まっているが、2005-2016年の夏季ほぼ毎晩海に潜って記録してきた結果、四国西南部のミドリイシ類の産卵パターンが通説より複雑であることが明らかになったという。これまで実に12年間。ご家族からすると、お父さんは夏の夜いつも海の中にいることになる。通説とは違うことに気づく目とともに、向き合う時間数に驚かされる。

黒潮生物研究所の戸篠祥研究員が宿毛湾で新種とみられる2種類のクラゲを発見した(20170217 高知新聞)。彼は大学生時代からクラゲを研究し、2015年から、ほとんど手つかずだった宿毛湾のクラゲ生息状況を調査した結果、国内初記録種や未記載種2種を確認したとのこと。同研究発表会において、会場から「クラゲを研究して何かいいことあるんですか?」という質問があったが、ご本人は楽しそうで、いいことばかりあるらしい。

寺田寅彦は、著書の中で「頭がよくて、そうして、自分を頭がいいと思い利口だと思う人は先生にはなれても科学者にはなれない。人間の頭の力の限界を自覚して大自然の前に愚かな赤裸の自分を投げ出し、そうしてただ大自然の直接の教えにのみ傾聴する覚悟があって、初めて科学者になれるのである」と記している。

誰かが正解を教えてくれるわけではない世界では、概念や効率などを少し脇に置いて、もしかすると自分の考えは違うかもしれないと絶えず問いかけながら、対象物と徹底的に向き合う時間が必要なのだろう。

あの日、美術教師は時間をかけて、生徒が自分で気づく目を養おうとしたのだ。早く帰りたいばかりに、ぶどうに色を塗るな。と自身を戒めつつ、本日も川へ。

20170501 高知新聞 寄稿

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