いつも観ている人がいるからこそ

四万十市名鹿海岸の砂浜

四万十市名鹿海岸に広がる美しい砂浜

山川海のつながりが大切なことが広く知られるようになった。「森は海の恋人」とも言われるが、山にたくさん木を植えれば、それで川も海も良くなるのかというと。それほど単純ではないようだ。自然は複雑で、時には良かれと思ってしたことが裏目にでることもある。恋人を理解することはなかなかに難しい。

四万十川河口近くの双海、平野海岸ではアカウミガメの上陸回数が増える傾向にあるものの、砂浜が細ったため、産卵や自然孵化がうまくいっていないという。砂浜は2年前と比べて1mも低くなった(4月23日高知新聞)。記事をみると、ウミガメの産卵や孵化は、まさに山川海のつながりと、人の関わりを考えさせてくれる。

砂浜の砂は、もとをたどれば山の土である。土壌侵食や斜面崩壊にはじまり、川の河床となって、海岸に運ばれたものだ。山に木や砂防ダムがあれば斜面崩壊などは減少する。砂利採取や貯水ダムなどによって土砂の動きが変化し、河床の低下がおこる。河川から海への土砂供給が減少し、そこに沿岸構造物による影響が加わって、近年、日本各地で砂浜が細る海岸浸食が発生している。

山は、洪水を少なくする、水をためる、水質を浄化するという水源涵養機能をもっている。ここで大切なことは「健全な森林土壌」がこれらの機能を発揮していることだ。健全な森林土壌とは、スポンジのように隙間が多く、草や落葉がある土壌をいう。ふかふかした土であっても、もし草や落葉がなければ、雨が直接表面をたたき、跳びはねた土の細かい粒が表面の隙間をふさいで水を通しにくい層ができ、地中に雨が浸透しないで地表を水が流れてしまうことが知られている。

「広葉樹林は針葉樹林よりも保水力が高い」ともいわれるが、大切なポイントは樹種よりも土壌にある。隣接する広葉樹林と手入れされた人工針葉樹林を比較すると保水力は変わらないという調査結果もある。高知県は森林が多いが人工林ばかりだと嘆く前に、まず健全な森林土壌となることをめざし、身近な山の手入れをするのが良さそうだ。

日本各地で、子どもたちの環境教育を目的に、生物の放流体験イベントがおこなわれている。ところが、安易な放流行為は生物にとって裏目にでることが多く充分な注意が必要だ。例えば毎年夏に行われる子ガメの放流。本来であれば、アカウミガメの子ガメは夜間に砂から出た後、わずかな明るさをもとに海に向かう。その過程で移動している方角と磁場との関係を学習すると言われている。

しかし、多くの放流イベントでは、昼間におこなわれるために子ガメが捕食される確率が高くなるほか、波打ち際で放されるために子ガメが方向を学習する機会が失われるなどの問題があるとのこと。子どもが生物と触れ合う機会はとても大切だが、もう一歩相手のことを深く知ることでよりよい関係を築けるのではないだろうか。

県西部のウミガメ産卵状況の変化について知ることができるのは、地元で長年観察されている方々がおられるからにほかならない。自然は複雑で、室内実験のように操作できるわけではなく、因果関係が簡単にわかるわけではない。目の前の変化に気づくためには、やはり近くにいて、いつも観ていることしかなさそうだ。まるで恋人を想うかのうように。先人たちを見習い、私もそのようにありたいと思う。

20130429 高知新聞 寄稿

error:
タイトルとURLをコピーしました