とおい昔 目の前のこと

コットで読書

コットに寝転がり ずいぶん前に読んだ本を再読していました。

「そう言えば、母は漁ごとが好きであった。夏の夜、それも田植えがすんで間もない雨上がりの晩など、よく篝火を炊いて焼捕りに出かけた。私はいつもうなぎ籠をもって後からついていくお供であった。母は篝を片手に田圃道をつたいながら若い稲草のなかを餌を漁るうなぎを目ざとく見つけては、右手にもったうなぎ打ちで発止と打ちとめ、私の差出す籠へ入れた。川から田圃へ上るうなぎはみんな四、五十匁からの大ものであった。」

森下雨村の著書『猿猴 川に死す』に収められた「とおい昔」という随想の中の一文である。森下雨村は、県出身の名編集者で、江戸川乱歩や横溝正史らを育成した日本の推理小説のパイオニア。冒頭の文は、氏の出生から想定して、明治30年頃の高知県佐川町の風景だと思われる。

多くの要素が盛り込まれた、あまりに美しい情景に感動し、何度も読み返してしまう。土地条件もしくは二期作によるものか夏に田植えがされていたこと、ウナギが海から川を経て田圃にのぼることができる水域連続性、雨上がりというタイミング、餌となる動物が田圃の中にいたこと、うなぎ打ちという魅力的な漁具、母と息子の夏の夜遊びとしての漁、そして何より、ウナギの生息個体数がそれほど多かったこと。

2017年度、ニホンウナギの稚魚であるシラスウナギが国内外で激減し、歴史的不漁となった。「例年漁獲量が多い県に問合せたところ、宮崎県が前年同期の2%、鹿児島県が1%、静岡県は0.04%、愛知県は0.02%にとどまっている」「水産庁によると中国や台湾でも漁獲量が少なくなっている」というNHKニュースが1月19日に報道された。

高知県では「県内シラスウナギ漁最低、採捕量は前年同期4%(2月26日)」「県は27日、非常事態の緊急措置として漁期を15日間延長することを決めた」「河川漁協幹部は「漁期は川海の各漁協と養鰻業者で手続きを踏んで決めたものであり一方のみの立場で延長するのはいかがなものか」と指摘(28日)」「漁期延長を決めた県に対して35団体が延長を申請した(3月6日)」「漁延長より保護を(9日声ひろば)」といった記事が掲載された。

国際的にみると、ウナギ類14種がIUCNレッドリストに掲載されている。ひとつ上の絶滅危惧IA類にはヨーロッパウナギが選定されており、ワシントン条約規制対象(2009)、バルト海での禁漁(2017)など、EUを中心に保護対策がとられている。

生物の減少要因の特定は難しい。さまざまな要因が絡み合い、各要因の寄与率が時と場によっても異なるためだ。減少要因として「漁獲か生息環境か」とよく言われるが、「漁獲も生息環境も」と捉えるべきだろう。また、減少速度の予測も困難で、一定個体数より減るとオスとメスが出会う確率の低下などにより、一気に激減することも考えられる。

大切なことは「予防原則」。因果関係が証明されていなくても、取り返しのつかない状態に陥る恐れがあるときは、対策を講じるべきという考え方である。とおい昔の記憶を忘れず、いま目の前で起こりつつある変化に対して、生産者も消費者も考え直す時にきている。

20180319 高知新聞 寄稿

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