雪の結晶に関する研究で大きな業績を残した中谷宇吉郎博士(1900-1962)を主人公にした劇が東京で上映された。出演者らは全員が気象予報士で、観客らに自然の奥深さや希少の魅力を伝えたという(20131222高知新聞)。中谷博士は業績もさることながら人柄も魅力的な方だったようだ。研究だけではなく、多くの随筆を執筆されており「雪は天から送られた手紙である」という有名な言葉も残されている。なかでも私の心に強く残った随筆は「雪雑記」である。
「雪雑記」には、雪の研究目的を聞かれた際に答えた、次のようなおもしろい一節がある。「色々な種類の雪の結晶を勝手に作って見ることが一番楽しみなのである」「それ(雪の研究)が一体何かの役に立つのかといわれれば、本当のところはまだ自分にも何ら確信はない。しかし面白いことは随分面白いと自分では思っている。世の中には面白くさえもないものも沢山あるのだから、こんな研究も一つ位はあっても良いだろうとみずから慰めている次第である」
研究目的に関する質問に答えつつも「随分面白いと自分では思っている」「一番楽しみなのである」との実情を記されている点に共感を覚えたものだ。
米国の作家でキャリアアナリストのダニエル・ピンク氏は「やる気に関する驚きの科学」と題する講演で、箱に入れたロウソクとマッチと画鋲を使い、床にロウを垂らさないで壁にロウソクを固定する方法を問う「ロウソクの問題」という行動科学実験をもとに、斬新な創造力を発揮するための動機づけについて説いている。
それによると、単純なルールと明確な答えがある課題の解決には、外的な動機づけ(成功報酬)があるほうが良い。一方、ルールはあいまいで、答えが存在するかどうかもわからない、あるとしても発想の転換が必要な課題に挑む場合には、自分の人生の方向は自分で決めたいという自主性、なにか大切なことについて上達したいという欲求、自身よりも大きななにかのためにやりたいという切実といった内的な動機づけに基づくアプローチのほうが高い効果を発揮すると指摘する。
これは組織のメンバーのやる気をいかに高めるかというマネジメントにかかわる話だが、個人にも同じことがいえるだろう。価値観がどんどん変化するこれからの時代、答えがあるのかどうかさえわからないことに挑むことが増えるだろう。
そんなとき、「好きだからやる」「おもしろいからやる」という内発的な動機づけが最も力を発揮するのではないだろうか。「それはなんの役に立つのですか」と他者から問われたら、まずは「おもしろいからやってます」とサラリとかわせばよい。「無用の用」という考え方も行動を後押ししてくれるはずだ。
中谷博士の一節を思い浮かべながら、先日、瓶ヶ森に向かう雪道をひとりで歩き考えていた。おそらく、おもしろがって自分で実際にやってみることが大切なのだ。エライヒトが言うことを鵜呑みにせず、先人たちに教わりながら、試行錯誤する苦しみと楽しみを奪われることなく。
20131230 高知新聞 寄稿